4月7日には緊急事態宣言が発令され、一か月間の外出自粛、接触機会の最低7割減が要請されました。5月4の緊急事態宣言延長の発表を経て、5月25日には緊急事態宣言が全面解除され、私の自宅周辺も重ぐるしさが薄らぎ、日常生活が少しずつ活気を取り戻しつつあります。

さて、前回のブログ(2020.04.04)から1か月半がたってしまいました。「新型コロナウイルス問題にみるコミュニケーション・スタイル(2)」では、安倍首相の記者会見を例に日本型コミュニケーションの特徴を考えます。

結論から先に言うと、安倍首相の記者会見での発言は、異文化コミュニケーションでいう「ハイコンテクスト文化」(高文脈依存型文化)の特徴を持っているのではないか、ということです。

コンテクスト(文脈)とはコミュニケーションの基盤にある言語、共通の暗黙知、価値観、考え方、嗜好性などを指します。ハイコンテクスト文化とは、「以心伝心でお互いに相手の意図を察しあうことのできる、 言葉を使わなくても通じる文化である。勘や直感など暗黙知を活用する」(大嶋, 2017:7)と言われています。ハイコンテクストとローコンテクストの特徴をまとめたものを見てみましょう。

表1 ハイコンテクスト・ローコンテクスト文化の特徴

ハイコンテクスト文化
日本人
ローコンテクスト文化
ドイツ、スカンジナビア
聞き手重視話し手重視
直接的表現より単純表現や凝った描写を好む直接的で解りやすい表現を好む
曖昧な表現を好む言語に対し高い価値と積極的な姿勢を示す
多く話さない単純でシンプルな理論を好む
論理的飛躍が許される明示的な表現を好む
質疑応答の直接性を重要視しない寡黙であることを評価しない
論理的飛躍を好まない
質疑応答では直接的に答える
https://ssl.pan-nations.co.jp/column/226.htmlより一部追加

ローコンテクスト文化は「言葉がすべて」、伝達すべき情報は言葉で正確に提示されなければなりません。3月末のメルケル首相やジョンソン首相のメッセージは、ローコンテクストの特徴をよく表しています。それに対して、ハイコンテクストと言われる日本人のコミュニケーションでは、言葉で語られなかった重要な情報を聞き手が読み取って解釈することが頻繁に行われる、ということを示唆しています。「空気を読む」「察する」能力が重視されるのがハイコンテクスト文化でのコミュニケーションの特徴と言えます。

「あいまいな表現」、「質疑応答で直接的に答えることをしない」という特徴は、記者とのやり取りに典型的に現れています。たとえば、長引く学校の休校措置に関わって議論されている9月入学の是非に関してです。

(記者)
読売新聞の今井です。
9月入学についてお伺いします。緊急事態宣言が一部地域で継続となり、学習に地域間で差が生じざるを得ない情勢かと思います。9月入学が望ましいとの意見がある一方で、5月末までに宣言が解除されれば授業時間の確保は可能との見方もあるようです。総理は現時点で9月入学の是非をどうお考えでしょうか。また、いつ頃が判断時期のリミットとお考えでしょうか。よろしくお願いします。

(安倍総理)
この9月入学については、そもそも例えば教育再生実行会議において、今後の課題の1つとして9月入学、これは国際社会において、多くの国において9月入学ということも鑑み、たくさんの学生たちが日本にもやってきますし、日本の学生も海外に留学をする。海外から帰ってきて会社に入る人もいるということにおいて、それも視野に入れるべきだという議論もありました。また、もちろん我が党内においても反対の議論もあるわけでございますが、まずはとにかく子供の皆さんの学びの場をしっかりと確保していく。そして、大きな差が出ないように最大限の努力もしなければいけないと思いますが、指定解除による学校再開の状況や、また、子供たちや保護者はもとより社会全体への影響を見極めつつ、様々な選択肢について、この9月入学も有力な選択肢の1つだろうと思いますが、前広に検討していきたいと思っています。

もちろん、大変大切なことですから、拙速な議論は避けなければいけませんし、今の状況等もどのように考えていくかということも大切なことなのですが、しっかりと深く議論をしていきたいと思っています。今、与党でも議論していると思います。(5月14日)

首相として9月入学をどう考えているのかははっきりとは述べられていませんし、判断のリミットについては答えていません。実は5月25日の記者会見でも同じ質問が出されました。総理の答えです。

(安倍総理)
なお、学校休業が長期化をします、その中において、9月入学の移行についても、いろいろな議論がなされておりまして、私は選択肢の一つであると考えています。私自身は有力な選択肢の一つであると考えてはおりますが、しかし、例えば与党においても、また、自民党においても、いろいろな議論が、極めて慎重な議論もあります。学校の再開の状況や、子供たちや保護者はもとより、社会全体の影響を見極めつつ、慎重に検討していきたいと思います。拙速は避けなければならないというふうに考えています。(5月25日)

14日同様、「有力な選択肢の1つだろうと思う」とは述べたものの、「前広に検討していく」という表現は用いられませんでした。「しっかりと深く議論していきたい」という表現は「慎重に検討していきたい」に変わり、「拙速は避けなければならないと考える」という文言と合わさって、前回よりは後ろ向きであることを私たちは読み取ります(感じ取ります)。事実、5月25日の首相の発言をまとめたNHKの記事では、「9月入学慎重に検討していく」と表現されています。

ハイコンテクスト・ローコンテクスト文化はどちらかが優れている、というものではありません。しかし、新型コロナウイルス感染のような私たちの命にかかわる危機的状況においては、国が責任をもって科学的に信頼のおけるデータを収集・分析・調査し、分かりやす言葉で国民に伝え、説得、納得させるローコンテクスト・コミュニケーションが重要といえるでしょう(日経新聞電子版20200526)。では「以心伝心」、「相手の意図を察し合う」ハイコンテクスト文化が有効なのはどのような場合か。ハイコンテクスト文化の良さはどこにあるのか。考えてみる必要がありそうです。

参考文献

大島愼子. (2017). グローバル広報と国際コミュニケーションの課題. 筑波学院大学紀要, 12, 1-10.

参考サイト

ハイコンテスト・ローコンテスト
https://ssl.pan-nations.co.jp/column/226.html
https://www.trivector.co.jp/contents/?p=2493
矢野寿彦「日本はうまくいったのか 解除後もモヤモヤ続くわけ」日経新聞電子版
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59532670V20C20A5I00000/
安倍首相記者会見
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0504kaiken.html
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0514kaiken.html
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0525kaiken.html
NHK:安倍首相 記者会見 主な発言内容は
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200525/k10012444461000.html