ブログ1994年4月、アフリカで起きた二つの出来事

皆さま、毎日楽しく脳喝!していますか。

4月は、私の誕生月です。
新緑が美しく、空気も軽やかで、一年の中でも好きな季節です。いつもなら家族と盛大にお祝いするところですが、今年は少し延期することにしました。理由はいずれお話しする日が来ると思いますが、今日のところはお預けです。

さて、4月という月は、私にとって個人的な節目であると同時に、アフリカの近現代史においても忘れることのできない出来事が重なる月でもあります。

1994年4月、アフリカでは二つの大きな出来事が起こりました。一つは、ルワンダで始まったジェノサイド。もう一つは、南アフリカで行われた初の全人種参加による民主的選挙です。

ルワンダ――忘れてはならない記憶

1994年4月7日、ルワンダでは、フツ系過激派によるツチ系住民およびフツ系穏健派への組織的な虐殺が始まりました。虐殺は約100日間続き、犠牲者は80万人とも100万人ともいわれています。

それから32年後の2026年4月7日、私は東京の国連大学で開かれたジェノサイド追悼記念式典に出席しました。3月のルワンダ研修では、いくつかの虐殺記念館を訪れ、サバイバーの語りを聞く機会もありました。その語りは、決して過去の出来事としてだけ受け止められるものではありませんでした。いまもなお、語ることのできない深い心の傷を抱えて生きている人々が大勢いることを、改めて感じました。

記念館で目にしたもの、語りの合間に流れた沈黙、そして式典での祈り。
歴史を「知る」ことと、歴史の中に「生きる」ことの間には、深くて重い隔たりがあります。その隔たりを簡単に埋めることはできません。それでも、知ろうとすること、耳を傾けること、忘れないことには、確かな意味があるのだと思います。

南アフリカ――希望としての民主化

一方、同じ1994年4月27日、南アフリカでは初めて、すべての人種の国民が参加する民主的選挙が行われました。ネルソン・マンデラが率いるアフリカ民族会議、ANCが第1党となり、その後マンデラは大統領に就任します。そして、長いアパルトヘイトの歴史を乗り越え、民族融和を掲げた新しい国づくりが始まりました。それを記念して、4月27日は Freedom Day(自由の日) と呼ばれる祝日となっています。

今年、私は駐日南アフリカ共和国大使館のご招待で、Freedom Dayのレセプションに参加しました。

私が初めて南アフリカに足を踏み入れたのは、1999年8月のことです。民主化からまだ5年。社会には、変化への興奮と期待が色濃く残っていました。自分が歴史のつくられる渦中に立っているような、不思議な高揚感を抱いたことを覚えています。

しかし、あれから30年以上が過ぎたいま、南アフリカの現実を見ると、民主化だけでは解決できない課題の重さも感じます。人種を前面に出して語ることは少なくなったとしても、人種と結びついた経済格差は、ほぼ一世代を経てもなお、容易には縮まっていないように見えます。

二つの4月が問いかけるもの

ルワンダの4月7日と、南アフリカの4月27日。

一つは、人間が人間に対して行った暴力の記憶。
もう一つは、その暴力や差別を乗り越え、新しい社会をつくろうとした希望の記憶です。

もちろん、二つの出来事を単純に並べて語ることはできません。歴史的背景も、社会の構造も、そこで生きた人々の経験も異なります。けれども、どちらの出来事も私たちに問いかけています。

人は、憎しみや分断をどう乗り越えるのか。
制度が変わったあとに、社会は本当に変わるのか。
そして、教育や国際協力は、その変化にどのように関わることができるのか。

私が長く関わってきた教育協力の仕事も、結局のところ、この問いと無関係ではありません。

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