皆さま、毎日楽しく脳喝!していますか?
詳細はまだ話せないんですが、日本の伝統文化をルワンダで披露することを思いついて昨年末、某基金に助成金の申請をしたんですね。そうしたら先週、基金から問い合わせのメールがあって「もしや採択!?」と思ったんですが、機材輸送費の見積りに関する問い合わせでした。採択結果が分かるのは3月末か4月初め。JICA草の根技術支援案件と合わせて、皆さま、ACOIの幸運を祈ってください。
近森憲助氏を偲ぶ会
2025年1月13日(月)、如水会館(東京都千代田区)で近森憲助氏(2024年8月5日逝去)を偲ぶ会を開きました。
近森先生と呼んだ方がしっくりきます。近森憲助先生は鳴門教育大学の同僚で、南アフリカ、アフガニスタンでJICA教育協力案件に一緒に携わりました。特にアフガニスタンでは2001年のタリバン崩壊後、新カリキュラム、新教科書の導入を支援するため、教師用指導書作成、教師用指導書を使った教員研修に尽力されました。教員養成カレッジの先生方への指導にも力を注がれました。
偲ぶ会に集まったのは、アフガニスタンの復興に携わった方々ばかり。外出もままならない中、治安が悪化する中、プロジェクトこそ違えど、アフガニスタンの平和と復興を願って懸命に活動した日本人専門家の絆は特別です。まさにアフガン同窓会でした。
アフガニスタン・カブールのパーク・パレス、セレナ・ホテルでの思い出話は尽きることを知りません。出席者それぞれが近森先生の思い出、エピソードを共有して近森先生を偲びました。「まるで近森先生がそこにいらっしゃるように感じました」とおっしゃった方も。
アフガニスタンのあと、私がルワンダやミャンマーでもプロジェクトに関わることができたのは、ひとえに副学長としての近森先生のバックアップがあったからにほかなりません。いつも、私が踏んだ地雷の後始末をしてもらいました。
近森先生は鳴門教育大学退職後、高知学園大学学長として引き続き教育に携わってこられました。その功績により、従四位瑞宝中綬章を受章されました。




おまけ
貸金庫事件で思い出しました。
大昔、アメリカで貧乏な留学生活を送っていたとき、同じ宿舎にタイのロイヤル・ファミリーにつながる家系の留学生がいました。イタリアから靴を取り寄せ、週末は車でスーパーに買い出し。専用電話を持ち、しょっちゅう両親に電話。帰国時には、大きなアメ車を持って帰る予定だけれど、新車だと関税が高いので少し使って中古車として送る、とかつぶやいていた。
ある日、なぜか彼女について行った先は銀行の貸金庫。宝石がキラキラと輝くアクセサリーがわんさか。「どれか1つあげる」と言われたのですが、なぜか、プライドが邪魔したのか貰わず。後悔先に立たず…